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       熱く 激しく 弾ける鼓動 passionBEAT!

次郎丸太鼓

プロフィール  HISTORY

 1979年創設当初の趣意書を紹介します。

   

「東広島次郎丸太鼓創設趣意書」
                        東広島次郎丸太鼓実行委員会

古い伝統ある四つの町が合併し、東広島市は緑の学園都市、豊かな産業の町として誕生しました。
そして、今生き生きと産業、文化の豊かな学園都市を目ざして新しい諸活動を進めています。
しかしながら、われわれの伝統と文化を代表し、発展への意欲を高めるようなもの、いわば市の顔となるような象徴文化がないのは物足らない。そういう市民の要望にもとずいて、このたび東広島市の象徴として、歴史、文化を語り、しかも老若男女だれしもが共感し、明日の町づくりへの、意欲を培うことのできる太鼓曲を創作し、公募、審査の結果「東広島次郎丸太鼓」と命名しました。
次郎丸とは、古く国分寺あたりに実在したと言われる地名です。いわば東広島文化発祥のゆかりを名にしたものであり、往古の人々の高らかな意気ごみを新しい学園都市づくりの意欲に結ぽうとしたものです。
この太鼓の曲は、山梨県甲府市の指定無形文化財保持者である天野 宣氏に作曲と指導を依頼しました。やがて完成へのため練習が積み重ねられることでしょう。
曲想、構成としては、東広島市の歴史、伝説と産業にかかわる私たちの想いを音と施律に表現し、この郷土に生き郷士を支え、郷土を発展させて行く若者の心意気を、大小和太鼓と酒樽および篠笛の組合せによって表現するものです。
完成の上は、歴史ある郷土芸能との調和をはかり、市民の行事として、単独に演出し、あるいは他の団体の演出に参加協力し、東広島市民の文化として、末永く親しまれるものとしたいと思います。
児童生徒を含むより多くの人々に打鳴らしていただくよう期待し、普及につとめたいと思います。従ってこの活動に必要な用具は中央公民館に寄贈、保管し、広く練習利用の機会を待つ考えです。

  ■ 当時いただいたごあいさつ ■(原文のまま紹介させていただきます。)

東広島市長
    讃岐 照夫

東広島市は緑と人情の豊かな学園都市として生き生きとした諸活動が進められていますが、合併以来5年を経過した現在、東広島市の顔としての象徴文化がないのは物足りないことと思っております矢先、太鼓曲として議会及び教育委員会をはじめ、市民各層各界代表の方々の構成にて発足しております実行委員会の皆様方のご配慮によりまして「東広島次郎丸太鼓」が創設をされましたことは誠に意義深いものがあると思います。
 即ち、東広島市は弥生時代から米作りの地域として古くから住民の住み着きがあり、三ツ城古墳をはじめ、中世古墳群や住居跡の発掘に見る時代の進歩と安芸国分寺の建立に見る仏教文化をもとに一千数百年の歴史と文化の香り高い地域として現在に至っております。
 この歴史と文化を語り、しかも老若男女、だれもが共感し、明日の町づくりへの意欲を培うことのできる、象徴文化としての太鼓楽曲を創設し、今後緑の大地に響き渡るよう打ち鳴らし市民のものとして普及して頂きますことは東広島市としても非常に喜びにたえないものがあります。
 これによって、往古の人々の高らかな意気ごみと新しい学園都市づくりの意欲を高めるきずなとして、郷土に生き、郷土を支え、郷土を発展させて行く若人の心につなぎとめて頂きたいと思います。
 終りになって大変失礼でございますが、天野先生にはこの意図を態に東広鳥市、歴史と文化研究、努力の末、そのうんちくを傾けて他にその例を見ない東広島市にふさわしい楽曲を創作して頂きましたことは、まことに有難度く、敬意と感謝を捧げたいと存じます。立派に出来上がりましたなつかしい太鼓のメロディを、打ち手をはじめ多くの市民の皆さんの協力と努力によって、将来に向かって打ち鳴らして頂きたいことを念願し、お祝いのことばといたします。
東広島市議会議長
      高橋 績二

四つの町が合併し東広島市として誕生して5年。この間、郷土にすぐれた伝統芸能がほしい、という意見が市民の皆さんから出て参りました。私共、このことに全面的に賛同いたし、一日も早く完成することを祈っておりました。
昭和54年度第4回の芸能文化祭の挙行される機会に、この創作発表の出来ますことは誠におめでたい限りでございます。市民の皆さんと共に心からお祝い申し上げます。
 創作された曲想の解説によりますと、四楽章にて構成され、東広島の歴史、伝説と産業にかかわる私たちの想いを音と旋律に表現されていると聞いてます。
‘打初め式’に参列し、豊かな旋律と力強い曲想は太鼓ならではあじあうことの出来ないものと再確認いたしました。
 遠い我々の祖先が築きあげたでありましょう、歴史と文化−協同と私楽−を打鳴らす「東広島次郎丸太鼓」は今、次代を背負う若者達により力強く、心しめやかに打ち鳴らされようとしています。
 この太鼓が、いつまでも市制発展の象徴として承け継がれ、伝え続けられることを願うと共に、生みの親ともいうべき教青委員会、東広島次郎丸太鼓実行委員会、青年会議所の諸氏に心から謝意と敬意を表しお祝いのことばといたします。
東広島次郎丸太鼓
 実行委員会委員長

      佐竹 覚

東広島市に太鼓による郷土芸能をこの度、東広島市当局並びに東広島市教育委員会の理解と市民の皆さん方のご協力によって「東広島次郎丸太鼓」と銘打って誕生いたしましたことは、関係者の一人として感無量の喜びでございます。
 この発表会にいたりました背景には、市はもとより、ご浄財を賜りました皆様をはじめといたしまして、市民の方々のご協力がありましたお蔭で、あらためて深く感謝申し上げる次第でございます。
 何回かの委員会を開催し、実行委員各位の熱心な討議を基として、方向付けをしていりましたことが実り、この日を迎えましたことは等しく喜びとするところであります。
 また、名称を公募しましたところ、17通の応募があり、委員会は慎重審議して「東広島次郎丸太鼓」を採択しました。
 どうか、この名称を市の名物として愛称し、可愛がっていただきたいものです。
 天野先生の構想により、東広島次郎丸太鼓は全四楽章に構成されており、東広島市の歴史と文化の今昔をあますところなくとらえ、東広島市の歴史のあけぼのから始まり、山陽道を中心に当市の発展のすがたをしのび、発展の過程の幾多の苦難を乗り越え、生産にはげむ姿を表現していると思います。
 東広島次郎丸太鼓の音色は、当市の土壌にうまく調和して、東広島市を代表する芸能として、津々浦々まで、鳴り響くことを念願いたしております。
 今後共、大きく成長するため温かく見守っていただくとともに、ごゆっくりご観覧下さいますようお願い申し上げ、実行委員会を代表としてご挨拶といたします。
東広島市教育委員会
教育長
     新谷 信性

市政施行五周年記念として、郷土色豊かな「東広島次郎丸太鼓」の創作ができ発表会の出来ますことは、皆様とともに喜びにたえません。
 私達の東広島市は、緑の学園都市として、人間性豊かに面目を一新して発足しているこの郷土に何か永久に残るような郷土芸能をという皆さんの要望にこたえて、この東広島市にふさわしく、歴史的、文化的に恵まれた自然条件を取り入れた、郷土色豊かな「東広島次郎丸太鼓」が企画されました。
 創作並に指導を、山梨県甲府市無形文化財天野流宗家家元天野宣先生に依頼したものですが、楽曲は四楽章にて構成され、第一楽章に安芸の国府∴タ芸の国分寺が営まれる頃の集団づくりのための協同を表現され、第二楽章は、古い山陽道を中心に栄えた文化のあこがれを。第三楽章は、遠いわれわれの祖先が互いに睦みあい、励ましあって生活を楽しむ和楽の行事−道中ばやし−を象徴し。最後に、慟く者の労苦と生産の歓びを樽ばやし≠ニして織りこまれているので、非常に心を引かれる太鼓を中心とした郷土芸能であると思います。
 願わくは、この新しい郷土芸能を通じて、学園都市、―心豊かな町づくり―新しい時代へと力強く歩み続ける東広島市の将来のために、打ち続け、子々孫々に伝承させていきたいと思います。
 今後の皆さんのご支援、ご協力をお願い申し上げ、あいさつといたします。
                ※お役職は全て創設当時のものです。なお、敬称は省略させていただきました。

 
 

東広島次郎丸太鼓楽曲解説

1.集団づくりへの協同
 =うちこみ= 
 東広島のあけぼの時代を物語るものには、八本松住居跡、西本遺跡、白鳥古墳をはじめ多くのものがあります。 
 そしてさらに、県下最大といわれる三ツ城古墳もあって、弥生、古墳時代の人たちが、心をよせ合って農耕の地を開いていった苦労をしのばせると共に、その労苦を結合する権力者の存在も示しています。いつの世も、人々の営みは、働らきと協同を語っているように思います。
 そのようにして開かれた地が安芸の国の中心として国府がおかれ、国分寺が営まれることになると、その協同は、街づくりの意気ごみとなって希望がかがやいたことでしょう。
 曲想の第一部はこの集団づくりの協同を象徴します。

2.文化へのあこがれ
 =奉納神楽=
 旧い山陽道が貫いている東広島市は、大和の都と大陸を結ぶ文化の道、瀬戸内海とならぶ陸の文化道なのでした。市内の古墳から出土した金の耳環や三角縁神獣鏡、素環頭太刀、曲玉、管玉などから想像されるように、人々は早くから文化の輝きに目をみはったことでしょう。それは新しい文化へのあこがれとなって、農耕具の開発から土器の製作、服飾や用具そして生活や考え方まで進歩させたに違いはありません。
 志芳郷、東条郷、西条郷、高屋保などの地名が古くから歴史にあらわれ、池、沼、流川の開拓、ゆかりの深い社寺の信仰、市の開発、人物の往来など文化の高地域となったことを示しています。 
 曲想の第2部はこの文化へのあこがれを象徴します。

3.発展への意欲
 =道中ばやし=
 古い歴史にいろどられた東広島の地には福成時、並滝寺、八王寺観音のような、信仰の地があり、白鳥伝説、菖蒲の前伝説のように、人々のゆかしい心を示す物語もあります。
 原の三社や志和の大宮社に残る渡御祭、「吹きはやし」などは、もとより厚い信仰に根ざしたものですが、人々が睦みあい、励ましあって生活を楽しむ和楽の行事でありました。
 今、私たちは、産業に文化に豊かな学園都市を築こうとして明日の町づくりに励んでいます。そこには高い理想と現実の活動、そして地域の連帯協同がなければなりません。
 曲想の第三部は、発展への意欲を象徴します。

4.生産の歓び
 =樽ばやし=
 黒瀬川、沼田川、瀬野川、太田川の水源にあたる東広島市は、その広い耕地と溜池、周辺の山々による、農巣、林業の生産地であり、特産として古くは、木綿(こうぞうの皮から作る)、西条柿から松茸、酒造りがあり、また工芸、工業の生産都市でもあります。
 古い田植歌、稲刈歌、木挽歌、籾摺歌、綿打歌、糸紡ぎ歌、などは労苦を忘れる生産の歌であり、各地の盆踊り歌は、祖霊への供養であり歓びでもありました。
 中でも酒造りの歌は、桶洗い、米洗い、米摘き、山おろし、二番がい、擢入れ、などと労働の節々に唄われています。牛馬市のあった白市にも繁栄を歓ぶ歌があります。
 労働が辛いものであればある程、作り出す生産の歓びも大きく人々は力をあわせた仲間と共に声高く唱和しています。
 曲想の第四部は働く者の労苦と生産の歓びを象徴します。

 


東広島次郎丸太鼓
 実行委員会 事務局長

       宮川 忠孝 

古い歴史と文化をもつ青年都市、東広鳥市の市制施行五周年を記念して創作された「東広島次郎丸太鼓」の発表が行われますことは、まことにおめでとうございます。
 東広島市は学園都市として、また緑豊かな産業都市として、大きな発展が期待されております。このように前途の明かるい町であり、また古来より、文化、伝説の豊かな町でありますが、その反面郷土を代表する芸能文化が見あたらない現状であり、豊かさと潤いを与え力強い明日の発展につながる代表芸能が待ち望まれておりました。
 その私達の願いが、今ここに誕生することができましたことは、東広島次郎丸太鼓実行委員会をはじめ、市当局、教育委員会並びに市民の皆さんの温かいご支援、ご協力の賜であり、深く感謝申し上げます。
郷土芸能等文化活動はそれを通して人と人との絆が生まれ、助けあいが生まれるものであります。‘東広鳥次郎丸太鼓’は先人の築いた伝統と文化と、現代の息吹きの結晶をうたいあげたものでこの勇壮な太鼓は、当市の代表芸能として、末永く後世に伝承され、市民の皆さんに親しまれるものと信じております。
 最後に、この東広島次郎丸太鼓が市民のみんなのものとなりますよう普及につとめたいと思います。尚一層のご支援、ご協力をお願いいたします。終りに、この太鼓曲の創作と指導を頂きました、山梨県甲府市指定無形文化財保持者であり太鼓曲についての日本的な時の人、甲府市の天野宣先生に御礼を申し上げごあいさつと致します。                         (東広島市中央公民館長)

東広島次郎丸太鼓
    チームリーダー
       梶原 賢典

東広島市の市制5周年を迎え、この記念に「東広島次郎丸太鼓」の誕生を見たことは、私たち若者としても非常に喜びに堪えないところでございます。
 私たちの郷土東広島市は、縁の美しい背景を土台に学園都市として将来の飛躍を期待されております。
 この時にあたり、我々若者の郷土に生き、郷土を支え、郷土を発展させてゆく若者の心意気を表現した、太鼓曲、即ち大小和太鼓と酒樽を組合せによって郷土の歴史と文化を曲想にしたものであります。ケヤキの胴に牛の皮を一枚張った太鼓と、桧の生新しい香り豊かな酒樽、これを通してふるさとの歴史を語り先人達の生きざまを表現し、これから躍進する郷土に生きる若者の心意気を打ち示すものであり、決して音だけを追求するものでなく、その稽古に伴う節度、広く永く続けてゆくための忍耐と共同。そして常に自分達郷土の街へのかかわりを忘れずに打ち続けて行きたいと思います。そしてこれは全市民のものとなるよう普及につとめたいと念願しています。何卒皆さんのご協力、ご支援をお願いいたします。
                 ※お役職は全て創設当時のものです。なお、敬称は省略させていただきました。

 天野 宣 氏 横顔  創設趣意書より

天野 宣氏は、日本を代表する伝統芸術の継承者である。
即ち昭和40年に山梨県甲府市指定無形文化財として指定された無形文化財保持者であり、天野流太鼓宗家、家元である。
 昭和49年には、小沢征爾氏との競演による国際連合記念コンサートをはじめとして国際的に演奏の輪を広げている太鼓の名人である。 また、国内の各地で天野先生の芸風を慕ってか、天野太鼓が続々と生まれている。
県内では三次太鼓、広島市の広島和平機縁太鼓、大野町の烏神太鼓。近県では岡山県倉敷市天領太鼓、鳥取県米子市のがいな太鼓、大山僧兵太鼓の曲を創作されている。
 その人気の秘密は「天野先生が舞台に立つときは舞台がしまり、絵になる。また騒然とおかれた大小の太鼓がその瞬間実在感を帯びる。二本の撥を取り上げて、斜めに構え、さっと腰を決める間のよさ。舞台も客席も、きゅーんと締まる。そして静止点から一気に振り下ろされる撥の迫力、そこに人の心を打つ音の芸術が生まれていく・・・」これが天野太鼓であるという。 NHKの大河ドラマ「風と雲と虹と」の邦楽部門笛の曲を作曲、演奏されたのが天野先生であり、その外‘笛の天野’として数々の創作演奏をされている。
 この度、東広島市の代表となる郷土芸能が欲しいという要望が出されたので、種々研究のうえ、この天野宣氏にお願いすることになり、創作と指導をお願いした。
 先生はわざわざ当地に足を運ばれ、東広島市の歴史と文化のあらゆる面を丹念に研究になり、作り出された曲が「東広島 次郎丸太鼓」である。いわば先生の研究の結果であり、このことも先生の人柄を物語る一こまであると思う。
 若い力と創作力、またその実行力は、その人柄を加えて、新生東広島にふさわしくたのもしい限りである。

 天野先生よりいただいた言葉。

 私が次郎丸太鼓を作曲したのは、洋々と未来の学園都市造りに燃え、市民一体となって目的の為に努力されている素晴らしい東広島の市民性を見出したからです。
勿論、先人の残された立派な歴史、遺跡、風土、文化も大切ですが、今どう生きているかという姿こそが私にとって最も魅力であるわけです。案にたがわず厳しい稽古にも耐えた立派な弟子達が誕生したことだけでも十分な気持ちでございます。彼等は必らず天野会の一員として、日本の代表的打楽器「太鼓」を守り伝えてくれますことを、この熱心さから察知することができます。
 楽曲は作れば出来ます。然し、それを打ち込む打ち手の心は、育てなければ生まれません。打ち続けなければ絶えてしまうこともありましょう。打ち続けることが、ふるさとの芸能の価値であり、その時代に愛され、親しまれる根源なのです。私は、このことを進めるために太鼓道を示してきました。単に、続けると申しましても色々な問題点があります。それをどう克服するかは、個人の持つ太鼓道への理解と意志の強さに待つ他はないのです。そして、それを通り越してはじめて普通の楽曲となり愛される魂の太鼓となっていくのです。
 立派な芸能に育てようという皆さんの共通した目的を阻害するものは、その大半が個人的同調性及び努力の欠如であり、グループを育てていく為の癌であります。互いに日本人であるということが、そのすべてを解決するはずであり、互いに市民であるという結束こそが、日本太鼓を打つ我々にとって不可決な意識でなくてはなりません。そのことはふるさとへの愛につながり、互いの幸せの為に活動しょうとすると心根を支えるものであります。
 天野流に入門した、全国の兄弟弟子達と共に太鼓芸能の真随を見極められますよう、努力されんことを切望します。
 市民の皆様の暖かいご支援により、この次郎丸太鼓がふるさとを愛する響きとして育つことを、かたく信じて、ご挨拶といたします。


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